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【質問】晩年のスーファミってどういう感じだったの?

42 件のコメントがあります
雑談・何でもあり
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元スレ: http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/ghard/1561821949/

1: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 00:25:49.41 ID:tskcEjg5r.net
ミリオンソフトはFF6、スーパーストIIスパドン、クロノ、ヨッシーアイランド、ダビスタ3、ロマサガ3、スパドン2、ドラクエ6、マリオRPG、ダビスタ96、スパデラ、スパドン3、ドラクエ3リメイクの14タイトル
サターン相手にボロボロだったと聞いたのだが
3: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 00:34:11.18 ID:I9a5V4CN0.net
晩年はそんなに売れなかったけどRPGの名作多かった
テイルズ スターオーシャン バハムートラグーン ルドラの秘宝
4: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 00:39:28.09 ID:zhCMMh8G0.net
サターンが出たのが1994年
スーファミは95年96年でも
100万本〜300万本のソフトが売れて現役だったから
64の発売が遅くなった
12: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 01:07:16.93 ID:RDG5yFj/0.net
天外魔境みたいなの面白かったな。
今田が、ちょっと天外魔境行ってくるわ。って
テレビから消えてゲームに出てくるやつ。
内容ほとんど覚えてないけど。
16: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 01:27:43.91 ID:9bkl/BWh0.net
スーファミの晩年はとにかくソフトが高かった
18: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 01:51:59.77 ID:h4JbwyzNd.net
ドラクエ3が出る頃には店の売り場がかなり縮小してたわ
19: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 02:07:05.79 ID:d1JuRLrH0.net
サターンとプレステで次世代突入!のムードの中、「スーパードンキーコング」が出て
「凄っ!」となって、バカ売れ。スーファミもまだまだいけるんじゃ!という感じだった。
21: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 02:24:20.28 ID:bVgtzkrs0.net
クーポンばらまいてたな。
あと、スーファミジュニアがチープすぎた。
23: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 04:45:29.54 ID:6AMZtH5k0.net
スーファミソフト
1990年(全  9タイトル)
1991年(全 47タイトル)
1992年(全 176タイトル)
1993年(全 269タイトル)
1994年(全 370タイトル)
1995年(全 360タイトル)
1996年(全 152タイトル)
1997年(全 29タイトル)
1998年(全 17タイトル)
1999年(全 14タイトル)
2000年(全  4タイトル)

タイトル数から見ると93年から95年がスーファミ全盛期
晩年は97年以降って感じだろ
26: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 07:26:17.69 ID:lBWxbC250.net
2000年にも出てたのか
まぁGBもポケモンが出てからV字回復で全盛期とかあったし
なにがあるかわからん時代だったからなぁ
36: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 08:14:19.61 ID:nBtldala0.net
>>26
サードパーティは一部除いてPS行ったけどHAL研やISみたいに任天から仕事貰ってるけど64のじゃじゃ馬っぷりについていけない所は長い事SFCに籠ってた
28: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 07:38:30.56 ID:id7TiyC40.net
SFC→64の移行はかなり遅かったな
30: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 07:45:29.58 ID:VskCRhAZ0.net
あとSFC後期(PS、SSへの移行期)ってゲーセンが熱かったから
家であまりゲームしなかったな
31: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 07:51:19.02 ID:DsRiaSFl0.net
PS、SSが出てからさすがに勢いは無くなったものの
1年後の年末商戦でも、SSがバーチャ2、PSがリジレボなどを目玉とする中
SFCにはドラクエ6や風来のシレンなどがあり、まだSFCはここにあり的な存在感は残っていた

まあその数か月後にFF7が発表され一気にPSに傾く事になるのだが
33: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 07:53:12.71 ID:DsRiaSFl0.net
SFCのソフト一覧見れははっきり解るけど
64の発売を境にSFCのソフトの発売は一気に減る事になる
やっぱ新ハードが出るとそうなるよな

じゃあそのメーカーはそのまま64へ行ったかと言うと多くはPSに行ったと言うのが
任天堂にとっては誤算だっただろう
15: NO NAME@ニンテンドースイッチ速報 2019/06/30(日) 01:15:08.85 ID:ZWHkh8+h0.net
95年は今になると大豊作って感じの年なんだよな
               

コメント

  1. オンラインSFCまだか?

  2. ブレワイが出る前のゼルダシリーズって感じ
    低迷が続き、スカウォでブランドが崩壊しかけたけどブレスオブザワイルドのお陰で完全復活した!
    もうゼルダシリーズはブレワイ路線以外考えられないよな
    そういえばそのスーファミでゼルダのアタリマエを確立させた戦犯が発売されてたじゃん

  3. 何言ってるのかわからん

  4. では簡潔に言うと、ブレスオブザワイルドが任天堂ゲームでいう、wiiとかswitch。
    それ以前の神トラ以降からのゼルダがwiiUってところだ!
    ブレスオブザワイルドは老若男女問わず受け入れられるゲームだった。だからこそ外人と一部の時オカ原理主義者にしか興味を持たれていなかったゼルダシリーズがここまで人気になったのである!

  5. ロールプレイングゲームやったことない人も~(オーケー)
    何故か覚えてるあるゲームのCMの一節

  6. ※4
    そう言いたいことは伝わってるよ

    全く根拠も無い思い込みで書き込んでるからわけわからんだけで

  7. ※6
    良かった。これが伝わってるならブレワイ路線が最適解であり、神トラ以降のゼルダがゲーマー向け過ぎた過ちだと分かってもらえたということだ!

  8. スーファミ晩年はLoppi先生のcmがねぇ…
    トラキア776のcmがLoppi先生しかないっていう
    今の3DSがスーファミ晩年と同じだね。沢山いいソフト出たけど寿命が尽きた感じ

  9. スーファミ2年目のソフトめっちゃ少ないな

  10. ※4
    すまん、俺も何言ってるかわからんが、
    これまでファミコンの次世代機種はメガドライブやPCエンジンなどあったが、あまり売れずスーファミが圧倒的に売れて、事実上多くのユーザーが次世代ハードを体験したゲーム機と言う感じ

    画像、音も良くてLRボタンもついて拡大縮小機能がついて、多くのメーカーが一気に参入した
    ソフト単体の価格が8000~9000円は普通だがそれでも売れた
    ファミコンでは出来なかったことを多く盛り込み多くの名作が誕生した
    またRPG黄金期と言っても良いかもしれない
    メディアはスーファミCDドライブに期待を寄せていた

  11. ときメモがスーファミで出てびっくり

  12. ソフト一本一万超えが普通だったね

  13. 基本は9800円(税別)だったやね

  14. 大型ゲームショップでサターンとPSで盛り上がってる頃にポツンとドンキーコングの新作デモやってたのは覚えてる。
    あの頃は完全に負けハードって目線で見てたな。

  15. たった4本とはいえ2000年までゲーム出てたのか凄いな
    ドリキャス出てから2年後、PS2の出た年だぞ

  16. 83年のFCが94年までソフトリリースしているし、この時代は息が長いな。

  17. 64でのロムカセットの失敗でソニーに天下を取られ、スイッチで再び天下統一。まあ、結果オーライだ。

  18. 任天堂の時代は終わると思ってた

  19. スイッチが天下統一できたのは過去作という負の遺産との決別を図り、駄作だったゼルダシリーズを神シリーズに戻したブレスオブザワイルドが発売されたからだと断言できる

  20. ソフトが一万円を越えてたのはコスト的な理由も無くはないで
    規格の都合上、円盤系メディアよりは当然コストかかるし
    パソコンのメモリ増築みたいな本体を補助する追加パーツもソフト側に入ってたり

  21. 2000年はピクロスNPシリーズの後半3本とラストのメタルスレイダーグローリーディレクターズカットかな。遊んだことないから安直にピクロスNPシリーズをVC化して欲しかったんだけどな。

  22. 小売りの取り分=定価の4割ってのも大きかったな
    定価の3割くらい値引きしても利益出てた

  23. スーファミは夢のようなゲーム機だったが、アーケードや格ゲーが凄い流行っていて、カプコンのベルトコンベアにしてもストリートファイターゼロ3にしても末期の方ではスペックで不足を感じていた人もいたが
    RPGはとにかく面白くて初代クロノトリガーもスーファミ

    プレステ出た当初は3Dゲームの可能性に皆が魅了され、レンダリングムービーだけでもインパクトがあった
    当時はROMが高かったことと、CDの安さと大容量に魅力を感じたメーカーは多かった
    ユーザーもソフトの安さに魅力を感じただろな
    当時は各メーカーがROM容量と圧縮技術との戦いで四苦八苦していた
    任天堂だけはROMカセットの利点を考え採用したが
    (主な利点はロード時間、特殊チップを埋め込める、圧縮技術の向上、解答速度の利点など)

    だがプレステ、サターン時代のゲームは容量の使い方は概ねレンダリングムービーとアニメで、ゲームの中身だけに限定すれば64のROMカセットで十分だった

    特にプレステはメモリが少なかったから時のオカリナは64のROMカセットでなければ実現できなかった

  24. ※23
    記憶に障害が発生してるようだな
    ちゃんと診てもらった方が良いね

  25. 任天堂は8月25日に国内最大のゲーム卸、ジェスネットを子会社化すると発表した。この買収は、流通において過去のしがらみを完全に断ち切ることを意味する。任天堂はジェスネットの第三者割当増資を約45億円で引き受け、株式の70%を保有する。さらにジェスネットはゲーム卸大手アジオカのゲーム卸事業を譲受する。ジェスネットは任天堂商品の取り扱いシェア35%、アジオカは25%を占める。この2社は長きにわたり、任天堂の“ある組織”を支え続けていた。

    「初心会」──。一般的にはあまり知られていないが、かつてゲーム業界にその名がとどろいていた組織名だ。任天堂は決まった卸売り業者を束ねて初心会を結成し、彼らに絞って商品を供給することで共存共栄の関係を築いてきた。ピーク時は50社以上が所属していたとされ、ジェスネットとアジオカは大手メンバーとして存在感を放っていた。

    初心会では在庫を全量買い取ることが定められており、任天堂は在庫リスクをなくして健全なキャッシュフロー経営を築くことができた。これこそ故・山内溥元社長が編み出した儲けの方程式である。ある業界関係者は、「人気タイトルを不人気タイトルと抱き合わせ販売するなど負の側面もあった。在庫リスクを価格に反映させるのでソフト1本1万円と高止まりしていた」と振り返る。

  26. 卸売り業者のみならず、サードパーティと呼ばれる外部のゲーム開発会社にも初心会は影響力を持った。「任天堂タイトルの発売時期が優先されるので、自社タイトルの発売日をコントロールできなかった」(ゲーム会社幹部)。売れそうなソフトならば担いでくれる場合もあるが、すべては任天堂のさじ加減。ソフトの委託製造から販売まですべてを牛耳ることで、任天堂は娯楽の王国の頂点に君臨してきた。

    しかし初心会は1997年に解散している。当時、任天堂は複雑な構造のロムカセットを採用しており、追加生産に2カ月程度かかっていた。人気タイトルが品切れすると、追加生産を待たずに中古ソフトとして取引されるようになる。初心会の枠外で流通が広がったことは、流通にもサードパーティにとっても不満のタネだった。こうして任天堂の求心力は弱まっていく。

    ここにダメ押ししたのが、1994年に発売されたソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の「プレイステーション」だった。音楽で使われていたCDを採用し、ソニーミュージックの工場と倉庫を活用した。ソニーは自社で卸売り機能を持ち、小売りと直接取引を行うことで、店頭でソフトが品切れしても3日で生産・流通できる体制を敷いたのだ。当時スクウェア(現スクウェア・エニックス)が有力ソフトを任天堂からソニーへ切り替えるなど、業界では異変が起こり始めていた。やがて大手ソフトメーカーは自社生産・流通へと乗り出すことになる。

  27. スーファミはDQ3リメイクで実質役目を終えたって感じだね。
    64が出たからとはいえ翌年からソフト数が一気に減ったのがまさに象徴的。
    まあその頃は既にFF移籍を発表してたPSの天下だったわけだが、そこへDQ移籍がトドメを刺したな。

  28. SFCのゲームはグラやゲーム性も含めて今でも遊べるな。
    2D描写・ピクセルアートの一つの到達点だったと思う。
    32ビット機なんかはポリゴンが中途半端かつ発展途上過ぎて、晩年のソフトでも今遊ぶときつい。

  29. ※24
    どこに間違いがあるか示せずに「記憶障害」言ってる奴はほっとけ

    当時の雑誌読んでたし記事も何冊か残ってるが間違いはどこにもないぞ

  30. ※29
    最近「俺はこうは思わない」かのごとくみんなの意見を否定する奴がわいてるよな
    以前、むきになって荒らしてきたやつと同一人物だろうけど、ちょっとでも自分の意見を反対されると反抗的な意見を言わないと気がすまないらしい
    恐らく※23が※4の内容を理解できないと言ったから怒りを買ったのだろう

    ※23の内容は俺も当時の業界人だったし良く覚えている

  31. ※30
    嘘松w

  32. ※31
    すまん、恐らくむきになってコメントしてくることを予想してわざと書いた(業界人なのは本当だが)

    本当に釣りにかかるとは単純だな
    予想してたコメントが一字一句全く同じでワロタ

    ちなみの※23の間違いを1つでも良いから否定してみて
    ソースつきで全部証拠見せてやるから(無理だろうけど)

  33. ※32
    俺のせいで荒らしちゃったみたいだな
    管理人に迷惑かかるから、頭悪いやつは無視していいぞ

  34. 私、マツコ・デラックスと同じ年だけど※23のROMソフトの高騰は身にしみていた
    タクティクスオウガはコソボ紛争をモデルにしたような素晴らしい内容だったけど、中古でしか買えなかった
    かなりやりこんだのは安価なPS版でサターン版の攻略本はいまだにある

  35. 箱から出さずに保管してるから知らん

  36. 当時GBのソフトをスーファミで遊べたスーパーゲームボーイとGBCのソフトを使用したスーパーゲームボーイ2は画期的だったんじゃなかろうか…。
    今時の子供は知らんやろが…。

  37. ソフトの利益率が高くて売れてたから町にゲーム屋さんが多かったんだけどね
    只でさえ利益率も低く売上減ってるのにAmazon、ゲオの値段下げ合戦に巻き込まれてゲーム屋さん全滅

  38. ID:UzNTI2NTU くっさ!

  39. ここでもカサカサしてんのか。

  40. PS/SS初期は再発注が早いとか場所とらないとか値段安目で新品売れるとか小売りも盛況だったよ。90年代後半がむしろ最盛期。
    中古裁判やら値下げ禁止やらPS2でソフトの定価が上がりゲーム屋さんが次々とつぶれた。PS2の頃は任天堂は64でROMだからソフトの値段高いし低迷してたから助け船にはならなかった。

  41. まあ今じゃ信じられないがPSのゲームも5000円くらいで安かったんだよな
    中古撲滅は酷い話でソニーの言う事にしたがったプルートとかが潰れた
    低迷って言うが64は結構売れるソフトもあったしきちんとやる気ある小売りは助かってたと思う

  42. PSって元々スーファミの付属機器だったけどご破算になったのは残念だった
    実現してたらどうなっていたのだろうか、個人的にはSFC+PSより64+PSとかのが良い意味でヤバいソフト出来そうだが
    64も当時半導体がもっと安ければ手頃な値段になってロード早いしもっと売れたと思うんだよな
    Switchも早く64GBや100G↑のゲームカードリッジ安くなれば移植なり開発なりしやすくなると思う、半導体値下げが待ち遠しい

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